Ⅰ
男と女ふたりの中学生が
地下鉄のベンチに座っていてね
チェシャイア猫の笑顔をはりつけ
桃色の歯ぐきで話しあってる
そこへゴワオワオワオと地下鉄がやってきて
ふたりは乗るかと思えば乗らないのさ
ゴワオワオワオと地下鉄は出て行って
それはこの時代のこの行の文脈さ
何故やっちまわないんだ早いとこ
ぼくは自分にかまけてて
きみらがぼくの年令になるまで
見守ってやるわけにはいかないんだよ
Ⅱ
武満徹に
飲んでいるんだろうね今夜もどこかで
氷がグラスにあたる音が聞こえる
きみはよく喋り時にふっと黙り込むんだろ
ぼくらの苦しみのわけはひとつなのに
それをまぎらわす方法は別々だな
きみは女房をなぐるかい?
Ⅲ
小田実に
総理大臣ひとりを責めたって無駄さ
彼は象徴にすらなれやしない
君の大阪弁は永遠だけど
総理大臣はすぐ代わる
電気冷蔵庫の中にはせせらぎが流れているね
僕は台所でコーヒーを飲んでる
正義は性に合わないから
せめてしっかりした字を書くことにする
それから明日が来るんだ
歴史の中にすっぽりはまりこんで
そのくせ歴史からはみ出してる明日が
謎めいた尊大さで
夜のうちにおはようと言っとこうか
Ⅳ
谷川知子に
きみが怒るのも無理はないさ
ぼくはいちばん醜いぼくを愛せと言ってる
しかもしらふで
にっちもさっちもいかないんだよ
ぼくにもきっとエディプスみたいな
カタルシスが必要なんだ
そのあとうまく生き残れさえすればね
めくらにもならずに
合唱隊は何て歌ってくれるだろうか
きっとエディプスコンプレックスだなんて
声をそろえてわめくんだろうな
それも一理あるさ
解釈ってのはいつも一手おくれてるけど
ぼくがほんとに欲しいのは実は
不合理きわまる神託のほうなんだ
Ⅴ
きいた風なこというのには飽きちゃったよ
印刷機相手のおしゃべりも御免さ
幽霊でもいいから前に座っててほしいよ
いちいち返事されるのもうるさいけど
金は木の葉に変るといいと思うよ
全部じゃなくて半分くらい
そしたら木の葉を眺めて
一日中ぼんやり座っていられる
遠くから稲光が近づいてきて
やがて雨が降ってくるのもいいな
泥棒が入るのだっていいかもしれない
法律の文章に比べればね
幽霊がだんだん若返って
例えば毒を盛られる前のお岩に戻ったら
ぼくは彼女を幸せにできるだろうか
Ⅵ
全然黙っているっていうのも悪くないね
つまり管弦楽のシンバルみたいな人さ
一度だけかそれともせいぜい二度
精一杯わめいてあとは座ってる
座ってる間何をするかというと
蜂を飼うのもいいな
とするとわめく主題も蜂についてだ
蜂についてだけれどおのずから
人生を語ることになってるだろう
たとえギャーッてわめいてもね
声音が全くちがうのさ
何と言うか声帯ものどちんこも舌も
きわめて分厚くなっていると思うんだ
それでいてかたくはなくてね
唾もとんで
Ⅶ
葉書を書くよ
葉書には元気ですなどと書いてあるが
正確にいうとちょっと違うんだな
元気じゃないと書くのも不正確で
真相はつまりその中間
言いかえれば普通なんだがそれが曲者さ
普通ってのは真綿みたいな絶望の大量と
鉛みたいな希望の微量とが釣合ってる状態で
たとえば日曜日の動物園に似てるんだ
猿と人間でいっぱいの
とにかく葉書を書くよ
葉書には元気ですと書くよ
コーラを飲んでから
きみとぼくとどっちが旅に出てるのか
それもよく分からなくなってるけど
草々
Ⅷ
飯島耕一へ
にわかにいくつか詩みたいなもの書いたんだ
こういう文体をつかんでね一応
きみはウツ病で寝てるっていうけど
ぼくはウツ病でまだ起きてる
何をしていいか分らないから起きて書いてる
書いてるんだからウツ病じゃないのかな
でも何もかもつまらないよ
モーツァルトまできらいになるんだ
せめて何かにさわりたいよ
いい細工の白木の箱か何かにね
さわれたら撫でたいし
もし撫でられたら次にはつかみたいよ
つかめてもたたきつけるかもしれないが
きみはどうなんだ
きみの手の指はどうしてる
親指はまだ親指かい?
ちゃんとウンコはふけてるかい
弱虫野郎め
Ⅸ
題なんかどうだっていいよ
詩に題をつけるなんて俗物根性だな
ぼくはもちろん俗物だけど
今は題をつける暇なんかないよ
題をつけるならすべてとつけるさ
でなけりゃこんなところだ今の所とか
庭につつじが咲いてやがってね
これは考えなしに満開だからきれいなのさ
だからってつつじって題もないだろう
つつじのこと書いてても
題にゃ他の事が浮かんでるよ
ひどい日本語がいっぱいさ
つつじだけ無関係ならいいんだけど
魂はひとつっきりなんでね
Ⅹ
チャーリーブラウンに倣って~
寝台の下にはきなれた靴があってね
それでまた起き上る気になったのさ今朝
全く時間てのは時計にそっくりだね
飽きもせずよく動いてくれるもんだよ
話題を変えよう
雑草の上を風が吹いてゆくよ
見尽した風景をぼくはふたたび見てみてる
話題って変りにくいな
11
見も知らぬ奴がいきなりヘドを吐きながら
きみに向かって倒れかかってきたら
きみはそいつを抱きとめられるかい
つまりシャツについたヘドを拭きとる前にさ
ぼくは抱きとめるだろうけど
抱きとめた瞬間に抱きとめた自分を
ガクブチに入れて眺めちまうだろうな
他人より先に批評するために
ヘドのにおいにヘドを吐くのは
うちに帰ってからだ
これは偽善よりたちが悪いな
こんな例を持ち出すってのが
すでにやりきれないってきみは言うんだろ
でももう書いちゃったんだ
どうする?
12
鉛筆を床に落っことしたらひどい音がした
女房が寝返りを打った
こんなことを書く気になるのも
ぼくが過去を失っているからだ
過去をふり返るとめまいがするよ
人間があんまりいろいろ考えてるんで
正直言ってめんどくさいよ
そのくせ自分じゃ何ひとつ考えられない
ぼくは自分を鉛筆の落ちた音のように感ずる
カチャンコロコロ……
過去がないから未来もない音だね
それでと──
ちょっともう続けようがないなこの先は
13
湯浅譲二に
日比谷公園の噴水が七色に照明されて
その真中に男がひとり立ってた
しぶきを浴びて両手をひろげて立ってた
まわりに人だかりがして拍手の音もした
まだまだ風は冷たかったよ
陽が落ちるまで野外音楽堂で
ぼくはフォークコンサートを聞いていたのだ
紙飛行機が何台も飛んで──墜落して
バンジョーの音が響き
個々の梢が風に揺れよく似た歌がいっぱい
音楽が僕をダメにし音楽が僕を救う
音楽が僕を救い音楽が僕をダメにする
14
金関寿夫に
ぼくは自分にとてもデリケートな
手術しなきゃなんない
って歌ったのはベリマンでしたっけ自殺した
うろ覚えですが他の何もかもと同じように
さらけ出そうとするんですが
さらけ出した瞬間に別物になってしまいます
たいようにさらされた吸血鬼といったところ
魂の中の言葉は空気にふれた言葉とは
似ても似つかぬもののようです
おぼえがありませんか
絶句したときの身の充実
できればのべつ絶句していたい
でなければ単に啞然としているだけでもいい
指にきれいな指環なんかはめて
我を忘れて
1972年五月某夜、半ば即興的に鉛筆書き、同六月二六日、パルコパロールにて音読。同八月、活字による記録および大量頒布に同意。
夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった P8-36

